深夜、英語圏のSubstack論(Substack内外あらゆる記事)を読み漁った。
MediumのライティングコミュニティからSubstack上の運営論、個人ブログの体験記まで。「Substackでやってはいけないこと」を扱う記事を片っ端から開いていった。読み終えて残ったのは奇妙な感覚だ。国も背景も文化も違う書き手たちが、ほぼ同じ5つの失敗を、ほぼ同じように語っている。
Mediumに投稿されたある記事は、Substackを始めた書き手の80%が1年目に辞めていくと指摘していた。10人が始めて、1年後に残っているのは2人。理由は才能の欠如ではない。燃え尽き、集客のプレッシャー、収益化の壁、そして孤立。
では、消えていった8割は何につまずいたのか。英語圏で繰り返し語られる5つの失敗を、順に見ていく。あなたが今Substackを運営しているなら、あるいはこれから始めようとしているなら、このどれかに必ず心当たりがあるはずだ。
英語圏で繰り返し語られる、Substack運営の5つの失敗
失敗の筆頭はどの記事でも同じだった。誰のために書いているのか、答えられないまま書き始めることだ。
The Publisher’s Penというパブリケーションが紹介していたエピソードが象徴的だ。ある書き手が数週間かけて記事を磨き上げ、公開ボタンを押し、購読者の殺到を待った。何も起きなかった。ある日届いた読者からの問いかけが、これだ。
「これは誰のためのものですか?」
本人は自分の関心事を、自分の思うままに書いていた。読み手の側に誰がいるのかを、一度も考えていなかった。Write A Catalystに掲載された別の記事も、同じ結論に達している。全員に向けて書けば、誰にも刺さらない曖昧なコンテンツになる。読者は自分に何が提供されるのかがわからず、購読ボタンを押す理由を見つけられない。
2番目は配信頻度の誤解だ。ここには実験データに近い証言がある。Medium上で自身の失敗を公開した書き手Francis Ekwunifeは、開始当初、毎日ニュースレターを配信した。結果、開封率は過去最低を記録した。週2回に減らすと、数字は改善した。週1回にしたとき、結果は跳ね上がった。彼の結論は簡潔だ。読者は、毎日あなたを受信箱で見たいわけではない。
3番目は、読者との対話の欠如。記事を出しっぱなしにして、返信もコメントも求めない。The Creator Playbookの書き手は、これを「1年分の成長と収入を失った失敗」として告白していた。購読者数ばかりを追い、すでにそこにいる読者との関係構築を怠った。そして彼はこう書く。互いを知り、同じ関心で語り合える50人の濃い読者は、無関心な数千人より価値がある。
4番目は、Aboutページの空洞だ。何を解決するコンテンツを発信するのか、一文で説明できない。インスピレーション風の抽象的な言葉が並び、読者が知りたいことには何も答えていない。
5番目が、早すぎる撤退だ。Start & Growの記事は、最低90日のコミットを勧めていた。ほとんどのサブスタッカーは失敗したのではない。機能し始める前に、静かに死んだのだと。私もこの件に関しては「100日の壁」として記事を書いている。
なぜSubstackは続かないのか。5つの失敗は1つの未決断に還元される
ここまで読んで、どれも聞き覚えがあると感じた人は少なくないだろう。
読者を決めろ。頻度を守れ。対話しろ。自己紹介を書け。続けろ。
どれも、どこかで聞いたことがある。目新しさは、ない。
だが私は、この目新しさのなさこそが本題だと考えている。世界中の書き手が同じ助言を読み、同じ助言に頷き、それでも80%が1年で消えていく。知識の問題なら、とっくに解決しているはずだ。つまりこれは知識の問題ではない。
5つの失敗は、並列ではない。よく見れば、1つの未決断に還元される。
誰を捨てるかを、決めていない。これだけだ。
捨てるとは決断であり、宛先はその決断の結果として初めて手に入るものだ。全員に届けたいという願望を残したまま、特定の誰かに宛てて書くことはできない。捨てない限り、宛先は永遠に定まらない。そして宛先がなければ何が起きるか。5つの失敗は、すべてここから説明できる。
誰のために書いているのかと問われて答えられないのは、宛先のないまま書いているからだ。配信頻度が定まらないのは、宛先の生活リズムを知らないからだ。週1回で深く読みたい読者と、毎日軽く触れたい読者は別の人間であり、宛先が決まっていなければ頻度は原理的に決まりようがない。Aboutページが書けないのも、当然の帰結だ。Aboutページの仕事は、訪れた読者に「これはあなたのためのコンテンツだ」と伝えることにある。宛先が決まっていなければ、この「あなた」に入れる言葉がない。より抽象的な自己紹介になってしまう。対話が生まれないのは、宛先のない一斉送信に人は返信しないからだ。あなたも、不特定多数に向けたメールに返事を書いたことはないだろう。
そして90日続かない理由も、根は同じところにある。顔の見えない群衆に向けて書き続けることに、人間の精神は耐えられない。反応のない虚空に石を投げ続けることになるからだ。実際、英語圏には「3ヶ月間、誰にも読まれなかった」という体験記がいくつもある。ある書き手は10週目にこう自問したと書いていた。この時間をクライアントワークに回せば金になる。私はここで何をしているのか、と。
読者が具体的な一人の顔になっていれば、この虚無は半減する。あの人が読んでいる。あの人の状況が今週も変わっていない。だから書く。継続とは意志の力ではなく、宛先の力だ。
では、なぜ多くの書き手は、読者を捨てるという決断ができないのか。性格の問題ではないと私は見ている。原因は、発信の成果を測る計器の側にある。フォロワー数、いいね、インプレッション。私たちが普段目にする計器は、すべて広さを測る。誰に向けて絞り込むかが大事だと頭ではわかっていても、絞った成果を映す計器が目に入らない世界では、広がった者だけが成功して見える。この景色を長く眺めてきた人間は、発信の成果とは広がることだという感覚(要するにバズることが正解という認識)を、知らないうちに体に染み込ませている。だから、いきなり狭く深く書けと言われても、体が受けつけない。読者を捨てる決断が怖いのではない。捨てた成果を測る物差しを、持たされてこなかったのだ。
だが、深さを測る計器は、ちゃんとある。開封率、コメント、リスタック。宛先に届いたかどうかを映す計器だ。広さの計器は放っておいても目に飛び込んでくるが、深さの計器は、自分で見にいくと決めなければ目に入らない。書く技術より先に、見る計器を替える。読者を捨てるという決断は、そこから初めて可能になる。
英語圏の記事たちは5つの症状を丁寧に列挙した。だが病巣は1つしかない。「読者ファースト」という言葉は、大衆に広く読まれることだと、誤解され続けている。違う。想定した読者に深く読まれることだ。文章の強度は、何を書くかではなく、何を捨てるかの明確さで決まる。
購読者850人は「広げた」結果ではない
私は2026年5月にSubstackを開始した。約3ヶ月で購読者は850人を超えた。広告費はゼロ。記事は週2本以上(上記の好事例とは異なるのだけれど)、1本あたりおおむね4,500字から。Notesは毎日書いている。
数字だけ見れば順調に映るかもしれない。だがこの850人は、広げた結果ではない。絞った結果だ。開始時に私が最初に決めたのは、書く内容ではなく、読まれなくていい相手だった。最新トレンドを追いかけて消費したい人には向けない。AI驚き屋さんになるつもりは無かった。
私が向けるのは、AIや新しいツールの情報を、自分の事業の売上や時間に変えたい人だ。この線を引いた瞬間、書くべきテーマ、配信頻度、文体、記事の長さが、芋づる式に決まった。4,500字という長さも、忙しい合間に流し読みする読者ではなく、腰を据えて読む読者を想定しているから成立している。
この線を引くまでは、私も書けない。オンラインで20年近く発信してきても、そこは変わらない。新しいプラットフォームに入るたび、最初にやる仕事は毎回同じだ。誰を捨てるかを決める。技術が機能するのはその後だ。
冒頭の数字に戻ろう。Substack発信者の80%が1年目に辞めていく。
この数字を、才能の淘汰だと読む人は多い。書ける2割が残り、書けない8割が消えたのだと。だが実際に起きていることは、淘汰よりも静かだ。
誰も切り捨てず、全員に開かれた発信をする。一見、誠実で優しい態度に見える。だが読者の側から見れば、話は逆になる。人は、自分に宛てられていない文章を読まない。全員に向けた記事は、受信箱の中で開かれないまま削除されていく。全員に向けたNotesは、フィードの中を素通りされていく。書き手が下さなかった決断を、読者が一人ずつ、指先で代行していくのだ。そして反応のない画面に向かって書き続けることに、人間の精神は耐えられない。80%は文才がなくて消えたのではない。この沈黙に削られて消えていった。
だから、これから始める人も、いま止まりかけている人も、最初に確認すべきことは記事の書き方でも、投稿の頻度でも、プロフィールの磨き方でもない。順番は一つしかない。まず、誰に読まれなくていいかを決める。宛先はその後に現れる。頻度も、文体も、長さも、宛先が教えてくれる。
あなたのSubstackは、誰に読まれなくていいと考えるか。
捨てることを恐れる書き手から順に、読者に捨てられていく。





とても参考になる記事を書いてくださって、ありがとうございます。今日も素敵な1日をお過ごしください。
誰に読まれなくていいか。考えるには少しの勇気がいります。想像するのが難しいというより、自分の記事のタイトルを見て素通りする人を観察する冷静さが必要だからです。でも、やってみようと思います。
ちなみに私はサブスタック投稿を始めて114日目。週一回の記事投稿を続けています。一年後も残っていられるように淡々と書いていきたいと改めて思いました。