アメリカで出た数字 Notesの疑問符と購読率が35%変わるという話
英語圏のNotes 9,641本を分析したら、疑問符の有無で購読転換率に35%の差が出ていた
英語圏のSubstackで、興味深いデータが出た。Notesに疑問符をひとつ入れるだけで、新規購読への転換率が35%下がっていた。9,641本の分析結果だ。日本語で同じ数字が出るかどうかは分からない。だが、この事実は頭に入れておく価値がある。
SNSやブログの書き手は、読者に語りかけたい気持ちを持っている。だから書き出しを問いかけにしたくなる。「あなたは気づいていますか」「なぜこれが起きているのか」。柔らかく問いかける書き出しは、礼儀正しく、安全に見える。私自身もそう書きたくなる場面は多い。
ところが英語圏の大規模な分析データは、この書き方が購読という結果に結びついていないことを示していた。事実として、まずこの数字を把握しておきたい。
9,641本のデータが示した35%の差
Sinem GünelとOrelという2人の書き手が、2026年4月にSubstackへ投稿された英語圏のNotes 9,641本を分析した。ニュースや時事ネタは数字が外部の出来事に引っ張られるため除外したうえで、疑問符の有無によって新規購読への転換率がどう変わるかを計測している。
疑問符を含むNotes 2,100本 平均0.116人/本の新規購読疑問符を含まないNotes 7,541本 平均0.179人/本の新規購読
差は約35%。疑問符を入れただけで転換率がこれだけ落ちていた。0.1人という単位ではピンとこないかもしれないので、別の角度から見る。仮に100本のNotesを書いたとして、疑問符なしなら約18人の新規購読、疑問符ありなら約12人。6人分の差が積み上がる計算になる。
さらに、具体的な場面描写から入るNotes(分析では scene-hook 型と呼ばれている)に絞ると、差はもっと大きかった。場面描写型で疑問符なしのNotesが平均0.34人だったのに対し、疑問符を入れた版は0.14人。実に59%の低下だ。
書き手の感覚では、読者に問いかけるのは丁寧で配慮のある書き方に見える。データはその逆を示していた。
なぜ疑問符が転換率を下げるのか
分析者の解釈はこうだ。疑問符付きの文を読んだとき、読者の脳は手続きを踏む。これは問いかけだと認識して、いったんスクロールを止める。次に、答えるべき問いか答えなくていい問いかを判定する。答えるなら、自分の中で答えを組み立てる。そして読み終えたら、次へ進むかどうかをまた判断する。
フィードのスピードの中では、この手続きを経由すること自体が負担になる。多くの読者は、問いかけを見た瞬間に面倒だと感じて次へ進んでしまう。
断定形は、この手続きをすべて省略させる。読者は完成された思考を受け取り、自分の経験と照らし合わせるだけでいい。同意するか、違和感を持つか。受け取った答えに対して頭が動く。答えを作る作業に脳を使う読者より、答えを受け取って照合する読者の方が、結果として深く反応する。フィードという文脈では、この差が購読の数字に表れた。
断定形に変える具体例
英語圏で結果を出しているNotesは、書き出しを断定形にしている。日本語でも変換の発想は同じだ。考え方として3つ挙げておく。
「なぜ多くの書き手が3ヶ月で挫折するのか」と問うのではなく、「多くの書き手が3ヶ月で挫折するのには、ひとつの理由がある」と書く。問いが含意していた答えを、最初から出してしまう。読者はその理由を待つ姿勢で読み進める。
「あなたは自分のNotesがなぜ伸びないか考えたことがありますか」ではなく、「あなたのNotesが伸びない理由は、書き出しの1文目にある」と書く。仮説を断定で渡すと、読者は本当かと検証する姿勢になる。検証は能動的な読み方で、購読に近い行動だ。
「日本では難しいのではないか」ではなく、「日本人書き手が直面する難しさは、英語圏と違うところにある」と書く。難しいか簡単かの議論を回避して、違いがどこにあるかを提示し、具体に進む。
共通しているのは、書き手が自分の主張を引き受けて断定で渡すことだ。読者に判断を投げない。
ただし、ひとつ補助線を引いておく。数字が下がるからという理由だけで、本来つけるべき疑問符まで機械的に消すのは本末転倒だ。疑問符をつけるかどうかで、文章の内容そのものが変わる場面はある。問いを投げることでしか伝わらない誠実さもある。数字に文章を従わせた瞬間、その文章は読者に届けるべきものを失う。データはあくまで判断の材料であって、判断を肩代わりするものではない。
知識として持っておく、という使い方
この記事で一番伝えたいのは、テクニックではない。アメリカでこういう数字が出たという事実そのものだ。9,641本の分析で、疑問符の有無によって購読転換率に35%の差が計測された。これは英語圏のデータであり、日本語のNotesで同じ傾向が出るかどうかは、今のところ誰も検証していない。
それでも、知っておく価値はある。なぜなら、自分が無意識に選んでいる「柔らかい問いかけ」が、読者にどういう負担を与えうるのかを、一度立ち止まって考えるきっかけになるからだ。日本語の文化では、断定形は強すぎる、上から目線だと感じられる場面がある。だから私たちは無意識に「〜でしょうか」「〜ですよね」を選ぶ。それは社交の習慣であり、美徳でもある。
柔らかさを残したいなら、語尾をぼかすのではなく、内容の質で残す。断定するが根拠を一緒に出す。断定するが例外を併記する。断定するが自分の経験から書く。この組み合わせなら、言い切っても押し付けがましくならない。
英語圏でこの数字が出ているという事実を踏まえたうえで、自分の文章をどう設計するか。そこを考えること自体に意味がある。答えを出すのは、データではなく書き手だ。
出典 Sinem Günel & Orel「I Analyzed 9,641 Substack Notes. Here’s What 99% of Writers Are Doing Wrong.」(Write・Build・Scale, 2026年5月8日) 分析対象は2026年4月に投稿された英語圏のNotes 9,641本。データ提供 WriteStack。




なぜ多くの書き手が3ヶ月で挫折するのか」と問うのではなく、「多くの書き手が3ヶ月で挫折するのには、ひとつの理由がある」と書く。問いが含意していた答えを、最初から出してしまう。
読者はその理由を待つ姿勢で読み進める。
なるほど~そっかつまり引っ張るほど興味をもつ 映画のプロモーションのように刺激てきなとこ見せて視聴者を釘ズケにしてみたい答えがみたい聞きたい欲求をピークま引っ張るってことかなぁ~
落合さんが、最初の時からNotesも考えて考えてpostするべきと仰っていたことの、さらに次ですね。特に『書き手が自分の主張を引き受けて断定で渡すことだ。読者に判断を投げない。』ここがものすごく大事だと痛感しました!