自由な働き方は、大成功者の特権ではなくなった
拡大思考を捨てた経営者が、AIとたどり着いた「一生続けたい働き方」の話
2026年7月13日、GMOインターネットグループが、在宅勤務のグループとしての推奨を完全に廃止した。出社回帰のニュースが、またひとつ増えた形だ。在宅を続けるのか、オフィスへ戻すのか。企業ごとに判断は割れているが、構図はどこも同じだ。働く場所を、会社が決めている。働く時間も、働く量も、会社が決めている。
そこで、あなたに聞きたい。今の働き方に納得しているだろうか。満足しているだろうか。充実しているだろうか。三つ並べて、三つとも即答で「はい」と言える人は、実はそれほど多くない。多くの人は、納得の手前で立ち止まったまま、今日も同じ働き方を続けている。
「働かなくていいのが一番だ」と言う人もいる。私はそう思わない。私の周りのご年配の方々を見ても、年を重ねてなお働き続けている人ほど元気だ。仕事があるから気を張る。気を張るから衰えない。働くことは、生きる姿勢を支える背骨のようなものだと感じている。だから「働かない」という選択肢は、私の中には最初からない。私がこだわってきたのは、働くかどうかではない。納得のいく働き方ができているかどうか。この一点だ。
私は時代の変化と自らの思考の変化に合わせ、働き方を何度も作り替えてきた。そして今、ようやくたどり着いた。この働き方で一生生きていきたい。そう思える場所に、である。
今の私の働き方は、三つの要素でできている
時間、量、場所。この三つを自分で決められること。それが私のたどり着いた働き方の中身だ。
お客様に合わせる場面は、もちろんある。それでも、ほとんどの場合、何時に働くかは私が決める。どれだけ働くかも私が決める。今週は制作に深く潜る。来週は移動しながらミーティングを回す。仕込みの週と刈り取りの週を、自分の状態と相談しながら配分する。この配分権を他人に渡さないことが、働く量のコントロールの正体だ。長時間働くこと自体は全く苦ではない。他人に決められた長時間が苦なのだ。
そして場所である。セミナーに参加されている方はご存知の通り、私はかなり頻繁に旅に出ている。近場ツーリングもあれば、アーティストを追いかけて地方へのライブ巡り。突然、1週間から10日ほどの海外旅行に行くこともある。多くの場合は気分に任せているので、1ヶ月も前から予定を立てていることのほうが少ない。
その間も、仕事はきちんと回っている。旅に出るために仕事を止めるのではなく、旅をしながら仕事が進む。遊びと仕事が、場所を奪い合わない。この状態を作れたことが、今という時代の何よりの恩恵だと思っている。
かつて「自由な働き方」は大成功者の特権だった
少し前まで、こういう働き方ができるのは、ほんの一握りの大成功者だけだった。
しかも当時の「自由」は、多くの場合、一人で成立する自由ではなかった。部下がたくさんいて、有能な右腕がいて、全てを任せられる。会社の規模が大きく、自分がいなくても十分に回る。だから自分は動かなくて済む。そういう組織の上に載った自由だった。
構造を言えばこうだ。あの時代、自分の時間を空ける方法は、仕事を人に振ることしかなかった。人に振るには、雇う金と、任せられる人材と、管理の仕組みが要る。つまり自由の前提条件が「規模」だった。だから誰もが規模を目指した。会社を大きくして、自分がいなくても回る状態を作ろう。そういう時代が確かにあったのだ。
私も目指したことがある。従業員を増やして会社の規模を大きくすることを、一度や二度ではなく、実際に何度も本気で考えた。
なぜ私は「会社を大きくする道」を捨てたのか
理由は二つある。
第一に、難易度が高すぎる。事業主の思考を持ちながら、サラリーマンとして働いてくれるような有能な人など、世の中にほとんど存在しない。なぜなら、そういう思考を持っている人は自分で起業するからだ。当たり前の話である。自分の思いを深く理解し、実現してくれる赤の他人を右腕として抱える。言葉にすれば一行だが、これは想像よりはるかに難しい。多くの経営者がここでつまずき、採用と教育に時間と金を溶かしていく。
第二に、責任だ。従業員を抱えるということは、その人たちの人生を抱えるということだ。給料の話ではない。その人には家族があり、ローンがあり、この先の人生がある。その全部を背負う覚悟が要る。私はそんな大きな責任を負いたくないし、負ったところでメリットは皆無…ということをこの数年でよく理解した。
そして、決定的なことに気づいた。会社の規模を大きくすることが、私自身の幸せにつながっていない。売上の桁が増えても、抱えるものが増えるだけで、自由はむしろ遠ざかっていく。ならば、この方向は違う。もっといい方法があるはずだ。そう信じて、試行錯誤を続けてきた。
AIが、その特権を庶民に開放した
たどり着いた答えは、AIだった。
AIが進化したことで、自分一人、及び、超少人数でも、それなりの規模のビジネスを展開できるようになった。AIに任せられる仕事は任せる。任せきれない仕事は、AIと共に進める。この環境が作れなかったら、今の私の働き方は存在していない。
私自身、Claude Codeを使い、Codexを使い、セミナー資料の制作も、Webサイトの制作も、企画書からアプリの制作も、すべてAIと二人三脚で回している。かつてなら外注するか、担当者を雇うしかなかった仕事が、自分の手元で片付いていく。
誤解のないように言えば、AIに丸投げして楽をしているのではない。判断と方向づけは私がやる。手を動かす部分をAIが担う。セキュリティなどは専門の人間が責任を負う。任せる領域と、共に働く領域。この線引きができた瞬間に、一人の限界が消えた。
かつては大成功者だけが、働き方と、働く時間と、収益をコントロールできた。組織と従業員という他人の人生を大量に抱え込むことと引き換えに、である。今は違う。AIがあるから、誰でも重いものを抱える必要なく、同じコントロールを手にできる。自分で自由に働き、働く時間を自分で決め、収益も自分で設計する。それが、従業員ゼロで可能になった。
ただし、この状況に全員が気づいているわけではない。人間にとって変化は負担であり、ストレスだ。だからつい、今まで通りの働き方を続けてしまう。その気持ちは分かる。私自身、働き方を何度も作り替えてきたからこそ、変化の負担の大きさは知っている。しかし現実には、気づいた人から順に、静かに働き方を変え始めている。声高に宣言などしない。ある日ふと気づくと、あの人は好きな場所で働いている。そういう変わり方だ。
※わたしのような小規模事業主でも、ホイアンのホテルのプールサイドバーで、葉巻を吸いながら日本と同じように仕事ができる時代なのだ。
Substackが「届ける力」まで個人に渡した
もう一つ、見落とされがちな大きな変化がある。届ける手段だ。
一人でビジネスを回すには、AIだけでは足りない。自分の考えを届け、読んでくれる人とつながる回路が要る。どれだけ良い仕事ができても、届かなければ存在しないのと同じだからだ。Substackのようなツールは、まさにその回路を個人に渡した。
私は2026年5月にSubstackをゼロから始めた。広告費はゼロ。2ヶ月弱で購読者は600人を超えた。その中から、お客様になってくださる方が生まれ、私のコンテンツを読むことを楽しみにしてくださる方、読者となってくれた方々と、直接つながることができている。企業の看板も、広告予算も、バズすらもなしに、個人が読者と直接つながる。ほんの数年前まで、これは現実的な選択肢ではなかった。
一人、または超少人数で働き、AIと制作し、Substackで届け、読者とつながり、ビジネスが回る。この構造が、特別な誰かではなく、私のような小規模事業主にも開かれた。ここが、時代の変わり目だ。
変化を信じるのが怖い人へ
そういう時代が来たと言われても、信じるのが怖い。にわかには信じられない。そう感じる方は多いと思う。
しかし、現実は先に変わっている。私は理屈で言っているのではない。旅先のベトナムや台湾でも、ツーリング先の温泉宿でも、ライブ会場からの帰り道も、仕事は回っていた。その実感を一つずつ積み重ねた上で、心の底から感じている。非常に面白い時代になった、と。
この自由の時代を、あなたと一緒に楽しみたい。いつか一緒に旅をしたり、同じコンテンツで盛り上がったりできたら、これほど嬉しいことはない。
自由は、才能や資産の問題ではなくなった。気づいたタイミングの問題になったのだ。





私はもうずいぶん前にセラピストとしては組織の中で働くのはムリだなとあきらめました(笑)。
自分と志を同じくし、同じ理念や考え方のセラピストはほぼいないことが分かりましたし、気疲れするだけなので一人で細々とやっていた方が気が楽だし自分に向いていると思いました。
でも1年目の時から変わらないのは「生涯現役」。
そのためにも今は土台作りを頑張ります!
時間・場所・量
そのバランスですね。成功者の定義も変わってきているのかも知れない、と感じました。