「成功したければ移動しろ」は本当か?データと私の実体験をお伝えします
歩くだけで創造性は平均60%上がる。スタンフォード大学の歩行実験、世界のトップブランド270社11年分の分析、そして7月の仙台、松島、金山、銚子、5月と6月の高雄。移動とビジネスの関係を、実験データと自らの実体験で検証する。
7月の移動記録。仙台、松島、金山、銚子
先週から今週にかけての私の移動を並べてみる。東北を旅したのだが、クルマで千葉の自宅を出て仙台へ。そこから松島へ回り、福島県の金山町へ。そこから帰宅と、約1,000kmの移動。自宅に戻った翌々日には、バイクで自宅から銚子まで往復200km以上を走った。これが7月のほんの一部である。5月と6月には台湾に渡っている。それも台北のみならず、日本からすればさらに遠い南部の高雄まで足を延ばした。2ヶ月続けて。(4月はダナン、ホイアン、香港を旅している。移動の多い人生を意図的に設計しているのだ。)
私は移動があまり好きではない。飛行機に乗っている時間も、電車に乗っている時間も、バスに乗っている時間も、正直に言えばあまり好きじゃ無いだ。運転は好きかもしれない。だがそれ以外の移動時間を楽しいと感じたことは、ほとんどない。
それでも私は”旅先”は好きなので移動するが、この移動の時間にはもうひとつメリットを感じている。アイデアが降りてくるのは机の前よりも移動の最中のほうが多いのだ。デスクに向かって根を詰めている時間よりも、高速道路を走っている時間、飛行機に搭乗している時間、などのほうが、圧倒的に発想が動く。ふと思いついたことをスマホのメモに放り込んでおくと、その断片が後になって記事になり、セミナーの構成になり、事業の判断材料になる。この経験を、私は数えきれないほど繰り返してきた。
「成功したければ移動しろ」という言葉がある。いろいろな人がいろいろな文脈で語っているらしい。らしい、というのは、私はその手の成功論をほとんど読まないからだ。他人の移動論に影響されたわけではなく、自分の体で感じてきたことをデータと突き合わせてみたら、実験結果と実感が綺麗に一致した。今回はその照合の中身を書こう。
歩くだけで創造性は60%上がる。スタンフォード大学の実験
スタンフォード大学のマリリー・オッペッツォとダニエル・シュワルツが2014年に発表した研究がある。座っている状態と歩いている状態で、人間の創造的なアウトプットがどう変わるかを、4つの実験で検証したものだ。心理学の専門誌に掲載されたこの研究の結論は明快で、歩いているとき、創造的なアウトプットは平均で60%増加した。最初の実験では、参加者の81%が座っているときよりも歩いているときに高い成績を出している。
この研究で最も重要な発見は、60%という数字よりもむしろ実験条件の比較にある。屋外を歩いた場合と、何もない壁に向かってランニングマシンの上を歩いた場合とで、効果がほぼ同じだったのだ。景色の良さや旅情を差し引いても効果が残る以上、脳の発想モードを切り替えているのは、移動という行為そのものだという結論になる。
これは私の実感と完全に重なる。銚子までの200キロで見える景色は、正直なところ劇的なものとは言いがたい。それでもアイデアは出る。仙台への東北道でも出る。移動が嫌いな私ですら出る。落合は旅が好きな人だから発想が湧くのだろう、という理屈はこの時点で崩れる。好き嫌いと無関係に、移動は脳に作用している。
なぜ机の前ではなく移動中にアイデアが出るのか
移動中に発想が動く仕組みについては、別の実験がある。カリフォルニア大学サンタバーバラ校のベンジャミン・バードらが2012年に発表したものだ。難しい創造性課題に取り組んだ後、休憩時間に負荷の高い作業をさせるグループと、負荷の低い単純作業をさせるグループを比較した。結果、成績が伸びたのは負荷の低い作業をしていたグループだった。頭が半分空いていて、思考があちこちにさまよう状態。いわゆるマインドワンダリングが起きているとき、脳は水面下で課題を組み立て直している。
運転、車窓、搭乗。移動時間とは、まさにこの負荷の低い時間の連続である。目と手は移動に使われているが、思考は自由に泳いでいる。考えていないようで、考えている。私が音声メモに吹き込んだ断片が後になって効いてくるのは、移動時間がこの組み立て直しの時間として機能しているからだ。
逆に言えば、机に張り付いている時間は脳に組み立て直しの余白を与えていない。デスクに向かう時間の長さを努力の量として数える習慣は広くあるが、発想の工程で見れば、移動時間も立派な生産時間に含まれる。この一点を認めるだけで、時間の使い方の設計は大きく変わる。
海外経験は事業の創造性をどこまで変えるか。270ブランドの分析
国内の移動でこれなのだから、海外への移動はどうか。コロンビア・ビジネススクールのアダム・ガリンスキーらの研究チームは、世界のトップファッションブランド270社を対象に、2000年から2010年までの11年分、21シーズンのコレクションを分析した。クリエイティブディレクターの海外での職業経験と、そのブランドが発表したコレクションの創造性評価の関係を調べたのである。
結果、海外で働いた経験を持つディレクターのブランドほど、コレクションの創造性評価が高かった。中でも効果的だったのは、海外にいた時間の深さだ。何カ国を回ったかという数よりも、異文化の中にどれだけ長く身を置いたかが、組織のアウトプットの質に貢献していた。個人の移動経験が、本人ひとりの発想にとどまらず、事業全体の創造性にまで波及するということだ。
私自身、5月も6月も台湾に渡っている。慣れた台湾であっても、そこは海外。国内なら無意識に処理できることが、一つひとつ頭を使う対象になる。文字を読む、注文を通す、移動手段を選ぶ。その全部が、普段使っていない回路への入力だ。国内の移動が思考の組み立て直しの時間なら、海外の移動は入力される材料そのものが入れ替わる。帰国後の発信や事業判断に、渡航前とは違うものが混ざるのはこのためだ。
移動費を削ると、交通費以外に何を失うか
売上が伸びないとき、多くの場合、真っ先に削られるのが移動だ。出張を減らし、現地に行かずオンラインで済ませ、浮いた時間でさらに机に張り付く。移動を贅沢や道楽の側に置いて、削れる経費の筆頭に載せる。気持ちは分かる。だがここまでのデータを踏まえると、その判断で節約できるのは交通費だけで、代わりに発想の生産ラインを止めることになる。
歩くだけで創造性が平均60%上がるという実験があり、負荷の低い時間が思考を組み立て直すという実験があり、海外経験が事業の創造性まで押し上げるという11年分のデータがある。そして何より、移動が嫌いな人間である私自身が、仙台で、金山町で、銚子への200kmで、高雄で、机の前では出なかった発想を拾い続けてきた。移動費を経費の欄ではなく仕入れの欄で見たいほどだ。。
机の前で唸り続けた3時間と、どこかへ向かう3時間。次のアイデアがどちらから生まれるか、私はもう知っている。
あなたのビジネスが動かないのは、もしかすると、あなたが動いていないからかもしれない。




移動と異文化圏での滞在時間の長さが脳に新たな思考を生む大きなチャンスなんですね まずは近所の散歩から始めてみます