20年分のノウハウを「第二の脳」に移植する
いま、私のAI活用の中心にあるのは「第二の脳」の育成だ。
マーケティング、セールス、SEO、LLMO、SNS活用。この20年、私が仕事にしてきた専門領域には、独自のノウハウが積み上がっている。他の人が持っていないもの、現場で失敗しながら手に入れたものが確かにある。それを自分の脳みそから徹底的にアウトプットし、AIが理解できる形で蓄積させていく。毎日やっているのはこの作業だ。
作業の中身は地味だ。ここ数日、中心にあるのは音声ファイルの書き起こしだ。
たとえば、親しいお客様とのミーティング。もちろん先方に確認を取り、個人情報や重要な情報はすべて抜いた上で、私がノウハウを話している部分だけを抜き出してファイルにする。コンサルティングの現場で話している言葉は、机の上で整えて書く文章とは質が違う。目の前の相手の課題に対して、その場で判断しながら出てくる言葉だからだ。
もうひとつの方法は、AIに私へ質問をさせることだ。AIがインタビュアーになり、私が音声で答える。その音声を文字起こしして、第二の脳に蓄積していく。自分から書こうとは思わなかった領域が、質問されることで初めて言葉になる。20年分の頭の中を掘り起こすには、この形が効果的だ。
なぜこんな地味な作業に時間を注ぐのか。それは第二の脳が育てば、コンテンツ生成の問題はある程度解決するからだ。
世の中に、これまでまったく存在しなかった新しい何かが登場したとする。そのとき第二の脳は、私の思考の癖と判断基準を踏まえて「落合ならこう言うだろう」というコンテンツを組み立ててくれる。もうひとつの自分の脳が考え、自分の立場から意見を出す。この状態まで持っていければ、コンテンツ生成の精度は上がり続けるし、スピードも上がり続ける。実際、いまやっている蓄積の作業で、生成のスピードに明らかな変化を感じる。
ただし、ここには少々問題も存在する。
完全自動化で70点のコンテンツは作れるのか
「もうコンテンツは完全自動生成で全部できる」と言う人が最近よくいる。完全自動化、という言葉が独り歩きしている。私はこの傾向が正直嫌いだ。
断言するけれども、これはまだできない。
正確に言えば、品質を落とせばできる。品質が落ちてもいいと割り切るなら、今日からでも全自動で量産できる。投稿を含む自動化も可能だ。
私はよく「コンテンツの初稿は70点でいい」という話をする。完璧な100点を目指すのではなく、70点で世に出して回転を上げる。70点で出して、後から修正する。私はそのほうが、最初から100点を目指すよりも成果を出しやすいと考えている。しかしながら…AIによる完全自動化では、その70点にすら届かないのだ。
第二の脳をどれだけ育てても、現段階では無理だ。最新かつ最高のベンチマークを叩き出している、Claude Fable 5をもってしても届かない。もし「できる」と言っている人がいるなら、そもそもコンテンツの質に対する基準値が低い。そう考えたほうがいい。
理由ははっきりしている。AIには癖があり、安全設計がある。放っておけば必ず、一般論、平均値、最大公約数へと引っ張られていく。間違いを指摘されると謝罪より先に自分の説明を守ろうとするし、成立していない反論を両論併記のように差し込むし、限定表現を使って問題の範囲を小さく見せるし、事実の確認より回答を完成させることを優先するし、ユーザーの目的より自分の回答の整合性を守ろうとするし、誤りを正解と同じ強さで断定し、指摘された後も限定、論点変更、一般論によって自分を守ろうとする。あぁ腹がたつ。
まぁ私の感情はどうでもいい。
要するに、誰も傷つけない代わりに、誰にも刺さらない、まるい文章に着地しようとする。この性質はモデルがどれだけ賢くなっても消えていない。だから自動生成のままでは60点で止まる。70点との差、この10点の壁が、見た目以上に分厚い。
なぜレビューをAIに任せられないのか
では60点を70点に引き上げるにはどうするか。人間のレビューしかない。
ここで必ず出てくる反論がある。「レビューもAIにやらせればいいじゃないか」。生成をAIがやり、チェックもAIがやれば、完全自動のラインが完成するという発想だ。
これが無理なのだ。どうしても無理だ。
なぜか。AIには初期設計があるからだ。安全側に倒す、平均に寄せる、角を丸めるという振る舞いは、モデルが作られた段階で織り込まれている。ユーザー側の設計で後からどうにかできるものではない。プロンプトで多少の矯正はできる。しかし、それはあくまで矯正でしかない。矯正と、立ち位置そのものを変えることは、まったく別の話だ。AIに私の立ち位置を取らせることはできない。一番深いところを決めているのは、常に初期設計だからだ。プロンプトやパーソナル設定、カスタム指示では抗えない部分がどうしても出てくる。
つまりAIにレビューをさせると、平均値に寄せる方向の赤入れが返ってくる。60点の原稿を70点に引き上げるのではなく、60点のまま角を丸める。これではレビューの意味がない。
私が赤を入れる場所は、いつも決まっている
では人間のレビューとは、具体的に何をする作業なのか。
私の場合、赤を入れる場所は記事ごとに違うようでいて、実はいつも決まっている。AIは一般論に寄せる。極力、断言をしない。そして一般論に寄せるがために、本質的な部分から外れていく。この3つは、放っておけば必ず起きる。だからレビューの第一歩は、この3つを疑って原稿を読むことだ。
さらに、モデルごとの癖がある。Fable 5にはFable 5の癖があり、GPT-5.6にはGPT-5.6の癖がある。どこで丸めてくるか、どこで断言から逃げるかが、モデルによって違う。使い込んでいれば、その癖は読める。私のレビューは、まずこの癖を矯正する作業から始まる。
ただし、レビューの軸は質だけではない。もうひとつ、著者自身の好みという軸がある。これはコンテンツにおいて非常に重要な要素だ。
好きな言い回し、言葉の選び方、文章のリズム。コンテンツ制作者側の偏りだ。質として間違っていなくても、自分の好みに合っていない文章は、自分のコンテンツではない。この質と好みという2つの軸で調整をかけることで、60点の原稿は70点を超えるものに変わる。人間の力で修正するというのは、そういうことだ。
そして、ここが面白いところなのだが、このレビューの癖こそが、今後は書き手の個性になっていく。どこに違和感を覚え、どの言い回しに直すか。何を残して、何を削るか。その判断の偏りの積み重ねが、他の誰にも真似できない輪郭を作る。コンテンツが生きるかどうかは、この一点で決まる時代になる。
ボトルネックは生成ではなくレビューだ
整理しよう。コンテンツを大量に作ること自体は、もうあっという間にできる。生成のスピードと量は、今後も上がり続ける。ここはもう勝負どころではない。
問題は、生成されたものをどう素早くレビューしていくかだ。自分の手をかける工程だけは、人間がやらなければならないボトルネックとして残る。ならば、そこをどれだけスピード感を持って回せるか。レビューを高品質に、かつ最速で行うための仕組み化。ここがいま、勝負するべき場所だ。
私自身の例を挙げる。3年ほど前から、AIとのやり取りはすべて音声入力に切り替えた。キーボードを叩かず、話すことでAIと作業を進める。これはAIの性能を上げる工夫ではない。AIの外側、人間側の工程を効率化する工夫だ。生成AIの時代に効率化すべきは、実はAIの内側ではなく外側にある。レビューのスピードを上げるという課題も、まったく同じ構造の話だ。
そして、この仕組み化の先には、ループエンジニアリングという概念がある。
ループエンジニアリングとは、AIに一回ずつ指示を出すのではなく、AIが自分で作業、確認、修正を繰り返す仕組みそのものを設計することだ。たとえばコーディングの世界では、エラーの原因を調査し、修正し、テストを実行し、失敗したら原因を再分析してまた修正し、全テストに合格したら終了する、という一連の流れをあらかじめ仕組みとして作る。人間ではなく、ループが次のプロンプトをAIに与える構造だ。Google CloudでAI開発を率いたAddy Osmani氏は2026年6月7日、これを「人間がエージェントへ指示する役割を、指示するシステムに置き換えること」と説明している。現在はClaude CodeやCodexといったコーディングエージェントを巡って広がっている新しい概念だが、私はこの考え方がコンテンツ制作に及んでくると見ている。
考えてみてほしい。私が原稿に一回ずつ赤を入れているのは、人間がループの中に入って毎回指示を出している状態だ。一般論に寄せるな。断言から逃げるな。この言い回しは私の好みではない。この判断基準はすでに私の中で決まっている。決まっているなら、第二の脳に蓄積し、AIが作業、確認、修正を繰り返すループの中に組み込んでいける。それでも人間のレビューは消えない。初期設計の壁がある以上、最後の10点は人間が入れるしかない。ただし役割は変わる。すべての原稿に赤を入れる作業者から、ループを設計し、最終関門に立つ側へ。レビューの仕組み化の行き着く先は、ここだと私は考えている。そしていま、それを組んでいる。
この半年が勝負である理由
いずれ、このレビューという領域すらAIに任せられる日が来るとは思う。AIがさらに進化したとき、そこはもう戦場ではなくなる。未来の姿は、正直なところ私にもはっきりとは見えない。
しかし現時点で言えることがある。少なくともこの状況が半年でひっくり返ることはない。人間の手が入ったコンテンツのほうが魅力的である、という状態はまだしばらく続く。だからこの半年が、かなりの勝負どころだと私は見ている。
人類がこれまで経験したことのない形に働き方が変わる時代は、もう目の前まで迫っている。そうなれば、いま私たちがやっていることは、すべて過去になる。いまの手法など全部通用しなくなる。その日が来るまでに残された時間が2年なのか3年なのかは分からない。
分からないからこそ、いまやるべきことは絞られる。20年分のノウハウを第二の脳に移し、生成の質を上げ続けること。そしてAIが生成したものを、いかに高品質に、いかに最速でレビューできるようになるか。その仕組みを、自分の手で作り上げることだ。
生成の速さを自慢する時代は、もう終わっている。問われているのは、あなたの赤入れの速さだ。
※2026年8月6日 夕刻のベトナム・ホーチミンにて






たしかに、Claude Codeに自分の知識や文章のクセなどの情報を渡して作らせても、満足いくようには作ってもらえませんよね。結局直しに時間がかかる...それでもゼロから作るよりは早いですが(^^;
昔は、5年後、10年後を見据えて計画を立てていましたが、もはや1年後すら、どうなっているかわからなくなりましたね。
もう、AIなしでの仕事は考えられず、これから社会に出ていくうちの子供たちは、希望よりも不安が大きいのかもしれませんが、この状況をチャンスだととらえてほしいなと思っています。