1リスタックは12ライクに相当する。Substackで本当に追うべき指標
9,641本のNotes分析が暴いた、ライクとリスタックの購読転換率12倍の差
9,641本の分析データが示したライクとリスタックの12倍差と、書き手が見るべき数字の話
Substack Notesに何かを投稿すると、ライクが増える。コメントが付く。リスタックされる。書き手のダッシュボードには、数字が並ぶ。
これらの数字を「同じ重み」で見ている書き手は、長期的に伸びない。9,641本の英語圏Notes分析が、ライクとリスタックの結果生成価値に12倍の差があることを示している。同じ「反応」に見えるが、書き手にとっての意味は決定的に違う。
12.1倍の差を示したデータ
9,641本のSubstack Notes分析の中で、ライクと購読転換、リスタックと購読転換の相関がそれぞれ計測された。
ライクから購読転換が生まれる確率: 1ライクあたり0.0035人の新規購読
リスタックから購読転換が生まれる確率: 1リスタックあたり0.0429人の新規購読
割り算をすると、リスタックはライクの12.1倍の購読生成価値を持つ。1リスタックは12ライクと同じ結果を生む計算だ。
別の角度のデータも示された。
100以上のリスタックを受けたNotesの75%は、最低1人以上の新規購読を生む(viral転換)。一方、51〜200ライクを受けたNotesは、平均して0.25人程度の新規購読しか生まない。12倍の差は、この構造的な現実を示している。
なぜこれだけの差が生まれるか
ライクとリスタックの間に、なぜ12倍もの差があるか。読者の行動の違いを見ると分かる。
ライクは、私的な肯定だ。読者が「これ良い」と思って、自分の指で軽く押す。その瞬間で完結し、外には何も漏れない。書き手は通知を受け取るが、それ以外の世界では何も動かない。
リスタックは、公的な配信行為だ。読者が「これは私の聴衆にも見せたい」と判断して、自分のフィードに投稿を流す。リスタックされた瞬間、そのNotesは元の書き手のフォロワーだけでなく、リスタックした読者のフォロワーにも届く。リスタックした読者は暗黙の保証人になり、「私はこのNotesを支持する」と発信したことになる。
読者一人ひとりにとって、ライクは「親指の動き一つ」、リスタックは「自分の評判をかけた配信」だ。重みが違う。だからリスタックには結果が伴う。
書き手が見ているダッシュボードの数字は同じ「100」でも、ライク100とリスタック100の意味は12倍違う。書き手の視点を一度、ここで切り替える必要がある。
ライク数を見続ける書き手の運命
ライクの数を毎日確認することを習慣にしている書き手は、ある罠に落ちる。
ライクの数は早く動く。投稿してから数時間で30、50、100と伸びる。書き手は「今日のNotesは伸びた」と感じる。脳の報酬系が満たされる。明日も同じパターンでNotesを書く。
問題は、ライクが伸びるNotesと、購読転換が起きるNotesは、種類が違うことだ。共感を狙うNotes、笑いを誘うNotes、頷きを引き出すNotesは、ライクを多く集める。だが「自分の聴衆に見せたい」という気持ちを読者に起こさない。リスタックは生まれない。購読も生まれない。
ライク中毒の書き手は、ライクが多く付くNotesを量産し続ける。半年後、ダッシュボードには累積ライク数十万。だが購読者数は数百のまま動かない。
これは英語圏Substackで頻繁に観察される構造だ。9,641本の分析で「ライクと購読の相関は驚くほど弱い」と書かれているのは、まさにこのパターンの集合体だ。
リスタックを生むNotesの本質
リスタックを目で追う書き手は、別の問いを持つ。
「これを読んだ人が、自分の聴衆にも届けたいと思うか?」
この問いを書く前から持っている書き手は、Notesの内容を選び抜く。書き手自身の感情よりも、読者が誰かに渡したい情報かどうかを優先する。
リスタックされるNotesに共通する3つの要素がある。
第一に、具体的なデータか経験を含んでいる。抽象的な感想ではなく、「9,641本の分析で12倍」「私の場合は3ヶ月で200人」のような、再利用可能な事実を持っている。読者が他の誰かに渡す時、「この数字を見て」と添えられる。
第二に、認識を変える内容を含んでいる。読者が「これは知らなかった」「これは見ていなかった」と感じる発見が中にある。発見は、自分の聴衆にも届けたい衝動を生む。
第三に、短く、引用可能な部分を持っている。長いNotesの中に「これ一行だけでも価値がある」という箇所がある。読者はその一行を引用してリスタックする。
3つすべてを満たすNotesは、リスタックされる。3つのうちどれもないNotesは、ライクは付いてもリスタックされない。書き手が毎回この3つをチェックする習慣を持つだけで、リスタック率は変わる。
ダッシュボードの見方を変える
書き手がSubstackのダッシュボードを開いた時、何を見るかを設計する。
ライクの数は、最後に見る。あるいは、まったく見ない。これは書き手の精神衛生のためでもあり、戦略的判断のためでもある。
リスタックの数を最初に見る。これが、書き手のNotesがどれだけ「他人に渡したい内容」だったかの指標になる。
購読者の増加を、リスタックと並べて見る。リスタックが多かった週は、購読者も増えているはずだ。連動していなければ、リスタックを生んだ読者層と、書き手のSubstackテーマがズレている。
コメントは、ライクとは別の意味を持つ。コメントは「これを読んで考えたから返事を書きたい」という能動的な行動だ。これはライクより重い。ただし、リスタックよりは軽い。コメントは関係性を深めるが、新規購読には直結しない。
数字の見方を、優先順位で並べる。リスタック→購読者増→コメント→ライク。これが、Substackで結果を出す書き手のダッシュボードの見方だ。
書き手の感情と数字の関係
ライクが100付いた瞬間、書き手の脳は喜ぶ。これは生物学的な反応で、避けられない。
ただし、書き手の長期的な行動を決めるのは、感情ではなく判断だ。
「ライク100で喜んでいる自分」と「リスタック10を冷静に分析している自分」、どちらが半年後に強い書き手になるか。後者だ。これは確実だ。
書き手は、自分の感情の動きを否定する必要はない。ライクが付いた時に喜んでいい。ただし、そこで止まらない。「このNotesは購読転換に繋がる構造を持っていたか」と続けて自問する。問いの習慣が、長期的な結果を変える。
ライク数の通知をオフにする書き手もいる。リスタックの通知だけを残し、ライクは1日1回まとめてダッシュボードで確認する設定にする。スマホの通知から日々のライク数を遮断するだけで、ライク中毒からの距離が生まれる。
私自身、Substackを始めた段階でこの設定を変えた。日々の通知に振り回されない。週次でリスタック数と購読者増を確認する。これが、書き手として長く続ける構造だ。
12倍の差を、自分の運営に反映する
12.1倍という数字は、Substackで何が起きているかを示すと同時に、書き手の運営判断を変える指針でもある。
書く前のNotesを構想する時、「これは12倍の世界の側か、1の世界の側か」と問う。共感型のNotesは1の世界、発見型のNotesは12倍の世界に近い。書く時の労力配分を変える。
書いた後のNotesを評価する時、ライクの数ではなく、リスタックの数を見る。リスタック0のNotesは、書き手が次回避けるべき型を示している。リスタックが伸びたNotesは、続編やバリエーションを書く価値がある。
書き続ける時、リスタックされた読者の名前を覚える。同じ読者が複数回リスタックしているなら、その読者は書き手のNotesの「届けたい層」を体現している。その読者のフィードを観察すると、書き手のNotesがどんな文脈で消費されているかが見える。
これら一連の習慣が、12倍の差を運営に取り込む方法だ。今日Notesを書く前に、ダッシュボードを一度開いて、リスタック数だけをチェックする。それが、書き手として長期的に伸びる第一歩になる。




たしかに、自分が読者の立場に立ったときライクはわりと気軽に押せるけどコメント、ましてやリスタックするかどうかはかなり考えますし、責任が発生すると少し身構えます。
承認欲求を満たすだけならライクだけを追っても良いと思いますが、やはり目指すは購読してる方を増やすことなので、毎回チェックしたいと思います!
これを読んだ人が、自分の聴衆にも届けたいと思うか? う~んかなり深い
深すぎてチンプンカンプンかも
なんていうかサブスタにやってるうちに複雑すぎて頭ん中がこんがらがって疲れてしまうときがあるので
一端リフレッシュして私の場合は音楽作成で気分転換してます。こうゆうのその人その人の世界観があって響くひとだけって感じ